もう一度被災地へ



昨日、友人の安否確認をするため、もう一度宮城県を訪ねました。

彼の住む亘理町(わたりちょう)は、仙台空港の南15kmほどのところに位置し、
海岸沿いの平野部に田畑が広がるのどかなところです。

まわり同様、彼の家もイチゴ栽培農家をやっていますが、家は海から1kmも離れておらず、
ちょうどNHKのヘリコプターが、津波に飲み込まれていくビニールハウスやトンネルを
空撮したのとほぼ同じようなところでした。

ダメ元でまず自宅に向かいましたが、家は流されずにそこにありました。
ただ、1階はぐしゃぐしゃで付近一帯は壊滅状態。
まだ新しかったこと、周りにも家が建っていたことで、何とか津波の力に持ちこたえたようでした。

自宅前で男性2人が後片付けをしており、尋ねると一人は彼のお父さんでした。
すぐに携帯で連絡を取って、出かけていた彼を呼んでくれました。
待っている間、安否を尋ねたところご家族全員が無事だったとのこと!
よかった!よかった!よかった!

お父さんは、地震時の様子(武勇伝?)を笑顔も交えて話してくれるのですが、
ヒアリングがちょっと難しくて😅、笑顔で返して良いものか分からず、
終始真顔で拝聴しました。

しばらくして戻ってきた彼も元気!
「ハウス全部やられちまったけど、必ず復興すっから見てて!」

彼の言葉はヒアリングOK👍です。(約90%)

大した量でもないのに、ガソリンと灯油を渡すと何度も「ありがとう!」と
喜んでくれました。

「オレも“オオタファーム”作ったら、藤田さんを一番に招待すっからネ!」

ありがとう、栄作❗️

お前ならきっとできるゾ❗️
❗️

がんばれ!応援してっからナ❗️
❗️
❗️

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(高速道の土手が堤防代わりになり、それよりも海側(彼の家も)はほぼ壊滅状態)