仙台、石巻に行ってきました。

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昨日、会社に休みをもらい、親戚・知人のいる仙台と石巻(東松島市)に行ってきました。

個人で被災地に入ることは、判断の分かれるところですが、
震災から一週間が経過。緊急活動(プロ)の妨げにはならない時期になったと考え、
日帰りできなければ引き返すことにして、実行しました。
(*テント、シュラフ、食料を念のため持参)

朝5時に新潟を出発し、仙台市内の伯父宅に到着したのは11時ちょうど。(約250km)
途中山形は、結構な雪でした。
幸いにも伯父夫婦や自宅には被害はなかったのですが、水道が止まっており、GSが休業のため
ガソリン、灯油の入手が不可能な状況でした。

ガソリンは車を使わなければ済む話(仕事もリタイア済)なので、
持参した水ペットボトル、灯油、米等を渡し、滞在時間もそこそこに伯父宅を後にしました。

仙台市内(内陸部)は壊れたところはあまり目立ちませんが、
GSを先頭に数百メートル続く車列(在庫がなく休業中。待っている車も無人!)と、
ほとんどが休業しているコンビニが震災後であることをうかがわせます。
一方で、普段通りに動いている車(バス・タクシー・マイカー)や人の流れが
あることに違和感を感じました。

仙台市から約50kmの石巻(東松島市)へは、内陸部を走る県道ルートで向かいました。
やはりGS給油待ち車列と閉店コンビニを除けば、全く普段と変わらない景色の中、
あっけないほど順調に車は進み、約1時間で到着しました。

ここは、まさにTVで報道されている通りの状態。
塀に引っかかり逆立ちした車、はてしなく広がる泥、潮水、瓦礫・・・。
東松島市は、野蒜(のびる)地区で数百体の遺体が見つかったことが報道されるなど、
被害も甚大なところです。

本当に幸いなことですが、ここに住む友人家族(5人)は誰一人ケガもなく無事でした。
地震が起きたとき、それぞれが別なところにいたため、家族全員がそろったのはやっと
おとといだったとのことですが、皆元気でした。(元気「そう」ではなく、元気。)

割と新しい自宅は、1階が泥だらけでグチャグチャですが、
「流されずに建ってるので、ラッキー👍」
マイカーは水没して廃車だろうけど、
「車両保険フルセットで入ったし、大丈夫じゃないかな?😌」

・・・つ、強い!

実際、この街に入ってきて気付いたのが、車が流されて使えないためか、
自転車で行動している人が多いということ。
ぼう然とたたずんでいる人は皆無で、まず車を通れるようにして、次に自宅を片付けて、など
皆前向きに行動しています。

「これなら将来復興できるぞ!」 どこかそう思える何かを感じます。

この感覚は私個人だけのものかもしれませんし、
明るいのは誰も亡くならなかった友人家族だけのことかもしれません。
ただ、被災地が悲観一色ではないことに、驚きと希望を感じました。

被災地支援には色々方法があると思います。
寄付する、節電する、買いだめしない・・・etc.

これに加えて、
「経済活動につながる日常生活は自粛しない!」も、ありではないでしょうか。
買い物も普段通りする、外食も普段通りする、商売も普段通りする。
企業が儲かれば、高額な寄付をする余裕もできるでしょうし、個人が儲かっても
「寄付しようかな」とやはり思うと思います。
元気良く、「普段通り」の生活をして社会にお金を回転させる。
被災地の方が前向きなのに、私たちが後ろを向いている場合ではありません。

(何もなかった様に広がる松島の海。海沿いの瓦礫との差が悲しかった・・・)
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友人宅には、マスク、ティッシュ、トイレットペーパー、灯油、水、無洗米、乾電池ほかを差し入れ。

今回幹事役となり、一度延期した飲み会を再設定しようと思いながら、帰ってきました。

[新潟19時帰着。往復580km。ガソリン消費44ℓ(ジムニー満タン+携行タンク)]

*今回は被災地の一部を見て、接して感じたことで、これが全てと言うつもりは毛頭ありません。
 実際、帰路通った塩釜や仙台市海浜部は本当にひどい状態でした。
 おそらく、岩手県や原発で苦しむ福島県などはもっと深刻だと思います。
 でも、悲しいから何もできない、何もしないでは、現在、被災地でがんばっている方たちに
 何もメリットが生まれないと思い、稚拙ながら、自分が考えたことを述べてみました。

 あらためて、心から被災地の方々にお悔やみとお見舞いを申し上げます。